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ひもの体験館(カネタ前田商店)
ひもの体験館(カネタ前田商店)

相模湾などで水揚げされる魚を原料に絶妙な塩加減で造るひものは、今でも小田原に伝わる伝統技のひとつです。店内では、ひものの製造工程を見学できるとともに、さばき作業の体験もできます。(体験は日曜、祝日、第……

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唐人町(とうじんちょう)
唐人町(とうじんちょう)

町の名は、藩主稲葉氏の「永代日記」の正保2年(1645)の項に「唐人町」とあるのが初出です。この町の一画には、もと城下の有力な町人、中村善四郎の屋敷がありましたが、この通りができたのは、寛永11年(1……

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諸白小路(もろはくこうじ)
諸白小路(もろはくこうじ)

この地名は、「貞享三年御引渡記録」(1686年)に初めて見られます。小田原藩主稲葉正則の時代、この地に上方から杜氏(とうじ:酒をつくる頭または職人)を招いて諸白酒(もろはくしゅ:仕込み用の蒸米も麹米も……

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御厩小路(おうまやこうじ)
御厩小路(おうまやこうじ)

この地名は、「寛文九年火災報告に関する文書」(1669年)に初めて見られます。地名の由来は、西海子小路がこの小路に交差した地点の西側に小田原藩の馬屋があったことによります。 承応2年(1653年)、小……

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毒榎平(どくえだいら)
毒榎平(どくえだいら)

 この地名は、小田原城絵図の一つである「加藤図」(1614~32年)に「とくえ山」の名で初めて見られます。 また、「延宝図」(1675年)には、現M・R・Aハウスアジアセンター付近の外、ここに大きく「……

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狩野殿小路(かのどのこうじ)・(狩野小路(かのうこうじ))
狩野殿小路(かのどのこうじ)・(狩野小路(かのうこうじ))

この土地名は、「貞享三年御引渡記録」(1686年)に初めて見られます。この一帯は、武家地で中級の藩士が住んでいました。 町名の由来について、「新編相模国風土記稿」(1841年)には、この地が小田原北条……

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十王町・抹香町(じゅうおうちょう・まっこうちょう)
十王町・抹香町(じゅうおうちょう・まっこうちょう)

十王町は、小田原城絵図の一つである「万治図」(1660年)に初めて地名が見られます。この地名の由来は、この地が教徳寺の門前で同寺に十王像(死者のさまよい行く世界でその者の生前の罪を裁く10人の王をいい……

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天神小路(てんじんこうじ)
天神小路(てんじんこうじ)

 この地名は、「貞享三年御引渡記録」(1686年)に初めて御花畑小路の名であらわれ、その後「東海道分間延絵図」(1789~1806年)から天神小路と呼ばれました。地名の由来は、東海道を隔てて北方にある……

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花ノ木(はなのき)
花ノ木(はなのき)

 この地名は、小田原北条氏時代(北条早雲、氏綱、氏康、氏政、氏直の北条氏5代(1495~1590年))の「北条幻庵文書」に初めて見られます。 現在まで残されている文書の中には、『花ノ木』や『花ノ木の蓮……

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新宿町(しんしゅくちょう)
新宿町(しんしゅくちょう)

[南は古新宿町、西南は万町、東は山王口及び山王村・東海道沿いに東西に延びる町人町]江戸時代前期、この町は、城の大手口の変更によって東海道が北寄りに付け替えられた時にできた新町です。町は城下の出入口であ……

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